感謝の気持ち・・・part3

本格的に治療が始まった。
 父は、転院する前に1ヶ月間・・・検査検査の毎日でした。
 ある日、突然背中への激痛で立てなくなり、
 寝返りさえままならなくなって・・・40日間検査の毎日。
 病名が判り、治療という前向きな行いが家族にとっても
 とても、嬉しくまた、充実していた。
 抗がん剤治療は、ワンクールが96時間連続・・・4日間
 繋がれるのです。
 4種類にステロイド。
 どんどん、父の体力はなくなります。
 終われば、白血球も死滅して、平均の半分以下になるのです。
 そこで、私は思い出しました。
 抗がん剤は、癌にとても効果がある。
 しかし、それが腎臓の機能が冒され、腎不全で命を落とす。
 だから・・・水で洗うんだ!
 そうです。先生がどんないい薬があっても、健康な内臓にしたら、
 抗がん剤は、毒です。
 だから、毒は水じゃないと、洗い流せません。
 
 私は、毎日2リットルのペットボトルを6本運びました。
 しかし、父は、体も動かさないのに・・・喉も渇かないと言い、
 飲んでくれません。
 抗がん剤の副作用は、吐き気も起こります。
 食欲もなくなり、4日間つながれた、血管が腫れ、
 血管痛も起こります。
 おまけに血糖値も上がると言われ、抗がん剤が終わると
 血糖値を下げる注射もされます。
 
 毎日、運んで行ったお水は飲まないから、余ります。
 でも、毎日新しく持って行き、前日の水は、持ち帰りました。
 病棟は、重病で体力が落ちた方ばかりで・・・
 子どもは、面会禁止・生ものや生花の持ち込みも一切禁止。
 毎日、グレーの天井と壁を見て過ごす父を見て、
 胸が絞めつけられた気持ちでした。
 それでも、毎日私が来るのを楽しみにしてくれている父を見て
 私は、決心した。
 私が・・・私たち家族が父を守ろう。
 私たちが、父を助けよう。
 みんなが後悔しないように・・・。
 精一杯のことを頑張ろう!・・・・・・と。
 窓の外は、桜の花びらが舞う春の日。


                          続く。。。
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# by lecoeur25 | 2007-03-03 19:15 | 感謝のキモチ(闘病日記)

感謝の気持ち・・・part2

父の闘病の日々が始まりました。

 転院して早速、放射線治療。。。背中にマジックで

 放射線を当てる場所に印が付けられていました。

 父も初めてのこと、もちろん私たちも・・・。

 今も思い出すと、胸が張り裂けそうなドキドキ感!

 隣にいる人に、聞こえるんじゃないかと、思えるほど。

 放射線治療は、とても体力を消耗するらしく・・・

 また、吐き気も起こるみたいで・・・なおさら、不安。

 それから、抗がん剤治療。

 夜に家族が主治医に呼ばれ、説明。

 まるで、ドラマの1シーンそのもの。

 私は、何かに取り付かれたみたいに、薬品の名前を聞き

 家に帰って、ネットで調べた。

 どんな薬?・・・副作用は?・・・効果は・・・?

 たぶん、医者は、なんだコイツは、と思われるほど、

 私は、何とか父を助けたい、守りたいという想いでいっぱいだった。

 父は、たぶん私たちに気を遣い、なんとも平気な顔を見せていたが、

 誰よりも不安だったに違いありません。

 でも、このキモチが、のちに大きな事に繋がるなんて、誰も

 考えもしなかった。。。。。

 

 

 何年経っても、この話を思い出すと・・・涙が溢れます。





                              続く。。。。
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# by lecoeur25 | 2007-03-02 19:11 | 感謝のキモチ(闘病日記)

感謝の気持ち・・・part1

今日から、3月ですね。早い、早い。
この季節になると・・・思い出す事がいっぱいあります。
5年前の2月、父が突然立てなくなり、歩くことも出来なくなりました。
前にも、ブログでお伝えしたと思います。
その当時、私は保育士をしていました。
父の突然の病気・・・年度末だったため、迷わず退職。
父の看病があるから仕事どころではありません。
自分と子どもの生活は、何も考えていなかった。
誰にも、相談さえせず・・・辞めたこと・・・今、あんまり覚えていない。
この3月は、毎日毎日、仕事が終わると病院に通いました。
完全看護ではあるけど、夕食は私が食べさせてあげたいから、
子どもは、母に任せて面会時間いっぱいいっぱい父のところにいた。
立てなくなった原因がわからず、悶々とした時間ばかりが、過ぎていきました。
ある日、大きな病院での検査がありました。
私が退職するその日に、病名がわかりました。
保育園の門を出て、車を止めて、病院にいる、弟に電話をした。 
「どうだった?」・・・「多発性骨髄腫」


聞きなれない病名。
血液の癌。
電話をしながら、涙があふれた。
弟が・・「姉ちゃん、水をたくさん飲ませろってよ!」
と言われた。
「うん、わかった。」
小雨が降る窓の外、私も涙で運転出来ず、一人車の中で
わぁ~わぁ~泣いた。
「どうしよう・・・どうしよう・・・」
その足で、本屋に行き・・・父の病気を調べてみた。
でも、家庭の医学程度には、載っていない。
大学病院の中の本屋に翌日、行ってみた。
あった。。。。10万人に1人の珍しい病気



Mタンパクにより全身の骨を溶かす。
骨髄に腫瘍があるため、手術が出来ない。
抗がん剤治療・放射線治療
私は、主治医の言った「水を飲ませる」という言葉は、忘れなかった。
友人の知りあいがこの水飲んでいたよ。
と聞いて、桜の花の咲く町並みを横目で見ながら・・
といいたいが、全く私の目には、その年の桜は、見た覚えがありません。
大学病院に救急車で転院した父・・・。
この日から、私たち一家の長いような、短いような・・・
闘病の日々が始まります。

続く・・・・・                   
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# by lecoeur25 | 2007-03-01 19:36 | 感謝のキモチ(闘病日記)